りもいられないと思った。
灯影のちらちらする町や、柳の青い影が、暗い思いを抱いているお増の目の前を、電車の進行と一緒に、夢のように動いて行った。窓からは、夏の夕らしい涼しい風が吹き込んで、萎《な》えたような皮膚がしっとり潤うようであった。
「そう先の先まで考えたって、どうなるものか。」
お増はじきにいつもの自分に返った。いつまでも、こんな厭な思いをしてばかりいられないと思った。
いつか側に引き着けて、油を搾《しぼ》ったときのお今の様子などが、思い返された。お増はそれと前後して、浅井からも謝罪めいた懺悔《ざんげ》を聞いたのであったが、二人のなかは、やはりそれきりでは済まなかった。
「どうしたの。私に残らず話してごらんなさいよ。」
お増は落ち着いた調子で、お今を詰《なじ》ったが、お今は黙って、うつむいているきりであった。目が涙に曇《うる》んでいた。
「……それじゃお今ちゃん、あんまりひどいじゃないの。」
お増は、とうとうそんなことをされるようになった自分がいじらしいようであった。嫉《ねた》ましさに、掻《か》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》ってもやりたいよう
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