「あの人|終《しま》いに、野仆死《のたれじに》でもしやあしないかしら。」
 お増は時々浅井と、お雪の噂をしていたが、いろいろの女に心の移って行く男一人に縋《すが》っている自分の成行きも、思って見ないわけに行かなかった。
「まだ、そんなことを思っているのかい。」
 そうなる時の自分の行く末のために、金や品物などを用意することを怠らぬらしい、お増の箪笥の着物や、用箪笥の貯金の通帳などの目に入るたんびに、浅井はそういって、不断は苦笑していたが、嫉妬《やきもち》喧嘩の時などには、忌々《いまいま》しげにそれが言い立てられた。
 しかし仲のいい時に、そんな金がまたいつか、その時々の都合で浅井の方へ融通されていた。
「また旦那に取られてしまった。」
 お増は後でハッと思うようなことがあったが、その場合には、やっぱり隠し立てをすることが出来なかった。
 静子をつれて、一日外を遊び歩いていると、家を出るとき感じていたような、お今に対する憎しみの念が、いつか少しずつ淋しいお増の胸に融《と》けて行かないではおかなかった。
 神田の店はだんだん繁昌《はんじょう》していた。
 お芳の若やいで来た顔の色沢《い
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