ころであった。どこかとそんな契約が成り立ったと見えて、お雪は身装《みなり》なども比較的綺麗であった。新調のコートや傘なども、お増の目を惹いた。お増は、「この人はいつまでこんな気楽をいっているのだろう。」と、いつもお雪について考えるようなことを、その時もつくづく考えさせられたのであったが、気心に少しの変化もみえないお雪には、それを得意がっているような様子もあった。
「それで、私の出しものが阿古屋《あこや》なんですと。」
 お増は阿古屋が何であるか、よくも知らなかった。
「へえ、そんなものが出来るの。」
「どうせ真似事さ。ことによったら、それを持って北海道の方へ廻るかも知れないのよ。そうすれば、お金がどっさり儲《もう》かるから、その時は借りたお金を、あなたにもお返しするでしょうよ。」
 そう言って出て行ったきり、お雪からは何の消息《たより》もないのであった。いつまでたっても、頭の上りそうもない芸人などにくっついて、うかうかと年の老《ふ》けて行くお雪の惨《みじ》めさが、情なくも思えるのであったが、気のくさくさするような時には、寸時もお雪のような心持ではいられない苦労性の自分が、窮屈でもあった
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