ていた。
「二階の方は私がしますよ。」
お増は蔭にばかり隠れているお今の、二階へあがって行く姿を見ながら言いかけた。二階はまだ床なども、そのままになっていた。
「来ちゃいけませんよ、静《しい》ちゃん――。」
お今は段梯子の中途へ顔を出した静子に、上から邪慳《じゃけん》そうな声をかけた。
四十八
浅井のいない家のなかに、お増はお今と顔ばかり突き合わしてもいられなくなると、静子をつれだして、向うの博士の落胤《おとしだね》だという母子《おやこ》の家へ遊びに行ったり、神田の隠居の店へ出かけて行ったりした。そんな時に、気のおけない身の上ばなしの出来るお雪が、青柳と一緒にしばらく東北の方へ旅稼ぎに出ていて、東京にいないことが、お増には心寂しかった。
「今度は私も芝居をするんですとさ。」
お雪は旅へ出る少し前に、お増のところへ暇乞《いとまご》いに来て、いつものとおり、二日ばかり遊んでいながら、そう言って、変って行く自分の身のうえを嗤《わら》っていた。青柳は東京ではもう、どこも登るような舞台がなかった。
それはちょうど収穫《とりいれ》などのすんで、田舎に収入《みいり》のある秋の
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