るつもりでいるんでしょうよ。」
お増は、ふと東京で懇意になった遠縁続きの男に、自分の身のうえや、生計向《くらしむ》きのことまで打ち明けるほど、なつかしみを覚えて来た。
家出した兄を気遣っている妹から来た手紙などを、お増は室から見せられた。その文句は、いきなりに育って来たお増などには、傷々《いたいた》しく思われるくらい、幼々《ういうい》しさと優しさとをもっていた。
自分がまだ商売をしている時分に、脚気《かっけ》衝心で死んだ兄のことなどが思い出された。幼い時分に別れたその兄は、長いあいだ神戸の商館に身を投じていた。田舎にいる母親の時々の消息を通して、やっと生死がわかるくらい、二人のなかは疎々《うとうと》しかった。
「無駄なお鳥目《あし》なぞつかって、皆さんに心配かけちゃいけませんよ。」
お増は帰って行く室を、病室の戸口に送りながら、そう言って別れた。しんみりしたような話が、しばらく続いていたのであった。
退院させた静子が、階下《した》の座敷に延べられた蒲団のうえに、まだ全く肥立って来ない蒼い顔をして、坐らせられていた。バスケットで運んで来た人形や世帯道具、絵本などの翫具《おもちゃ
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