。晩飯の餉台《ちゃぶだい》がまだそこに出ていた。
四十五
入院してから三週間目に、ある暖かい日を選んで、静子が家へつれられて来るまでに、室も一、二度気のおけない病院を見舞った。
室は日本橋にある出張所の方から、時々取って来る金などで、どうかこうか不足のない月々の生活を支えていた。母親からそこへ宛《あ》てて、内密に送ってよこす着物や手紙の中などに封じ込められた不時の小遣いも、少い額ではなかった。
「ことによったら、僕は東京で一軒|家《うち》を仮りようかとも思っています。」
室は、病人の枕頭《まくらもと》へ来て、自分と家との関係が、初め心配したほど険悪の状態に陥ってもいないという内輪談《うちわばなし》などするほど、お増に昵《なじ》んで来た。
「でも田舎の方では、とてもお今を貰ってはくれないでしょう。」
お増は時々訊ねてみた。
「いや、そうでもないですよ。浅井さんという後援者のあることも、知れて来ましたからね。」
「田舎の方の談《はなし》がつきさえすれば、良人《うち》だってうっちゃっておくような人じゃありませんよ。もちろん大したことは出来やしませんけれど、相当なことはす
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