のいない折々に、先刻《さっき》からお今のことで、一つ二つ言い争いをしたほど、心持が紛糾《こぐらか》っているのであった。
「己が結婚前の娘を手元において、どうしようというのだ。お今には、室という者もある。」
浅井は鼻頭《はなのさき》で笑っていたが、病院へ来てから、どうかすると二人きりの浅井とお今とを、家に遺《のこ》しておくような場合の出来るのが、お増には不安であった。
「父さんと姉さんと、ここで何のお話していたの。」
病人の側につけておいたお今が、交替に出て行った後などで、お増は怜悧《れいり》そうな曇《うる》んだ目をして、自分の顔を眺める静子に、そういって訊ねたりなどしたが、子供からは、何も聴き取ることが出来なかった。
来ようの遅いお今を待ちかねて、お増は病人を看護婦にあずけて、朝から籠っていた息だわしい病室を出て来た。
外はもう大分|更《ふ》けていた。空にはみずみずしい星影が見えて、春の宵らしい空気が、しっとりと顔に当った。
腕車《くるま》から降りて、からりと格子戸を開けると、しんみりした静かな奥の方から、お今が急いで出て来たが、浅井は火鉢の傍に何事もなさそうに寝そべっていた
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