一度ちょっと訪ねたことのある友達の顔が、またなつかしく憶《おも》い出された。お雪というその友達は、お増と前後して同じ家にいた女であった。一度人の妾《めかけ》になって、子まで産んだことのあるお雪は、お増よりも大分年上であった。お増は気振りなどのさっぱりしたその女と誰よりも親しくしていた。
女の亭主は、もとかなり名の聞えた新俳優であった。ずっと以前に政治運動をしたことなどもあった。お増は、口元の苦味走った、目の切れの長いその男をよく知っていた。
「また青柳《あおやぎ》がやって来たよ。」
お雪と喧嘩などをして、切れたかと思うと、それからそれへと渡り歩いていた旅から帰って来て、情婦《おんな》の部屋へ坐り込んでいるその男の噂《うわさ》が、お増の部屋へ、一番早く伝わった。
旅稼《たびかせ》ぎから帰って来た青柳は、放浪者のように窶《やつ》れて、すってんてんになってお雪のところへ転げこんで来るのであったが、お雪は切れた切れたと言いながら、やはり男の帰って来るのを待っていた。その家でも、一番よく売れたお雪は、娘を喰いものにしている一人の母親のお蔭で、そのころ大分|自暴気味《やけぎみ》になっていた。
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