腹を傷《いた》めて、ちょうど奥の室《ま》に寝ていた。若い男たちが二、三人、お芳の坐っている帳場の前で、新聞を見たり、店の客を迎えたりしていたが、ここへ移ってからお芳の気に引立ちの出たことが、浮き浮きしたその顔や様子でも知れた。そんな商売に経験のある、清吉という二十四、五の男が、一切を取り仕切っているらしかったが、それらの若い店のものを対手《あいて》に、売揚《うりあ》げをつけたり、商いをしたりすることが、長いあいだ気むずかしい隠居のお守りに、気を腐らしていたお芳には物珍しかった。
「お蔭さまでね、まあどうかこうか物になりそうなんでござんすよ。」
お芳は珍しい食べ物などを猟《あさ》って歩く二人に話しかけた。
物腰のやさしい清吉が、そこへ来て、いろいろの品物を見せたりなどした。
「旦那はあなた、それこそ何にも解りゃしないんでござんすよ。」
お芳は莨をつけて、お増に渡しながら言った。
「この人でもいてくれなかったら、てんで商売は出来やしません。」
お芳は傍に夫婦の買物を包んでいる、清吉の方を見ながら言った。切れ長な大きいその目が、みずみずした潤沢《うるおい》をもっていた。
「お芳さんも
前へ
次へ
全168ページ中120ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング