仮にお今が、この男と結婚するような時が来る――その場合が、いろいろに想像された。
「失礼ですが、あなたのお考えで、御本人の意志はどうなんでしょうか。この場合の私にとって、それが先決問題なんですが……。」
室はそう言って訊《たず》ねた。
「別にこれと言って、はっきりした考えのありようもないのです。何分年が若いのですから。」
浅井は答えたが、お増も傍から口を出した。
「今のうちなら、あの娘《こ》はどうでもなりそうですよ。」
そこを出てから、途中で室に別れた浅井夫婦は、このごろ、根岸の別荘を売り払って、神田の通りへ洋酒や罐詰《かんづめ》、莨《たばこ》などの店を開けた、隠居の方へちょっと立ち寄ってから、家へ帰った。
「ああして一人の女を思い詰めて、思いが叶《かな》ったら、どんな気持がするでしょうね。」お増は電車のなかで、今別れた室の姿を目に浮べながら、言い出した。
「あの男なら、一生お今一人を守るでしょうよ。」
浅井はふふと口元に笑っていた。
「だけど、そんなでも面白かありませんね。」
神田の隠居の家では、初め思ったよりも、店の景気のいいことが、お芳の口から話された。隠居は飲み過ぎで
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