けど、軽卒《かるはずみ》なことは出来やしないよ。その人のためにもよくない。」
晩方に帰って来た浅井は、お今の話を聞きながら、そう言っていたが、自分の出方一つで、二人の運がどうでもなりそうに思えた。
四十三
浅井はそれからも、ちょいちょい訪ねて来る室を、一度などはお増も一緒に下町の方へ飯を食べに連れ出したりなどしたほど、好意と好奇心とをもって迎えた。
酒の二、三杯も飲むと、じきに真赤になってしまうような室は、心のさばけた浅井に釣り出されて、思っていることを浚《さら》け出して、饒舌《しゃべ》るのであったが、偏執の多い、神経質な青年の暗い心持が、浅井には気詰りであった。
「若い時分には、誰しもそんな経験がありますよ。世間のほかの女が少しも目に入らないというような時代があるものです。」
浅井は軽く応《う》けていたが、同情のない男のように思われるのも厭であった。
「とにかく今少し待って、時機を見て、今一度田舎の方へ話をして見たらどうですか。」
浅井はお今の保護者らしい、穏健な意見を述べたが、いつまでも女の心を自分の方へ惹《ひ》きつけておきたいような興味が、一層動いていた。
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