へ顔を出したお増の目に映ったとき、一瞥《ひとめ》でこの間の手紙の主だということが知れたが、浅井の留守に、上げていいか悪いかが判断がつかなかった。しかし、お増の家のことなども、よく知っているその青年を、そのまま還す気にもなれなかった。
ややあって、二階へ通された室は、途中で買って来た手土産などをおいて、これという話もしずに、じきに帰って行ったが、当分東京にいて、また学校へ入ることになるか、それも許されなければ、どこかへ体を売って、自営の道を講ずるつもりだという、自分自身の決心だけは雑談のうちにほのめかして行った。
「お今ちゃん、お前さんお茶でも持って出たらいいじゃないか。」
お増は階下《した》へ降りると、奥へ引っ込んでいるお今に私語《ささや》いたのであったが、お今は応じなかった。
「いずれ御主人にもお目にかかって、何かと御意見も伺いたいと思っております。」
室はそう言って、いくらか満足したような顔をして出て行った。
「そんなに厭な男でもないじゃないか。彼《あれ》ならば上等だよ。」
お増は、後で座敷を片着けているお今に話した。
「だって、先方から破談にしたのじゃありませんか。」
「
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