いと思います。僕はそれで満足を得られます……そんな卑下した言《ことば》が連ねられてあった。
「莫迦《ばか》な男ね。」
 お増は浅井の低声《こごえ》で読みあげるその手紙を笑い出したが、お今は何の感情も動かぬらしかった。
「でもこんなに迷わせて、可哀そうじゃないか。何とかしてやったらいいじゃないの。」
 お増はお今を振り顧った。
「こんな手紙を貰って、どんな気がするの。」
「悪い気持はしないさな。」
 浅井は笑いながら手紙をそこに置いた。
「本人同士で、話ができてしまったら、親たちはどうするでしょう。」
 お増はそうも言って浅井に訊ねた。
 帰郷前よりも一層|潤沢《うるおい》をもって来たお今の目などの、浅井に対する物思わしげな表情を、お増は見遁《みのが》すことができなかった。
 夜一つに寝ているときに、お増は浅井のいないのに気がついたように考えて、ふと目のさめることがあった。活動写真でいつか見たような一場の光景が、今見た夢のなかへ現われていたことが疲れた頭に思い出された。風に揺られる蒼々した木立ちの繁みの間に、白々した路が一筋どこまでも続いていた。そこに男の女を追いかけている姿がかすかに見
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