。
「今年ほどつまらないお正月はございませんでしたよ。」
お今は次へさがって、行李《こうり》から取り出して来た土産物を、そこへ出すと、やっと落ち着いたような顔をして言い出した。
「それに、行って見て、つくづく田舎の厭なことが解りましたわ。どんなことをしても、私東京で暮そうと思いましたわ。」
「それじゃ、やっぱりこっちで片着くのさ。」お増は無造作に言った。
「お婿さんはどんな人。もう縁談がきまったの。」
お今のことがまだ思い断《き》れずにいる、その男の縁談のまだ紛擾《ごたつ》いている風評《うわさ》などが、お今の耳へも伝わっていた。
四十一
婿に定められようとしたその男の、両親たちなどとの間《なか》の、擦《す》れ擦れになった感情が衝突して、お今の上京後一人で東京へ逃げ出して来たという事実が、じきにお今にあててよこした、その男の手紙で知れた。
室鎮雄《むろしずお》と署名されたその手紙の文句は、至極簡短であったが、お今を慕う熱情が、行の間にも溢《あふ》れていた。室はやっと二十四になったばかりであった。……一度あなたに直接お目にかかって、胸にあることだけを、十分聞いて頂きた
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