ことが書かれてあった。
「財産家財産家って、一体いくらあるんだ。」
浅井は手紙を読んで聞かせながら、お増に訊いたが、お今の萎《しお》れている様子が、いじらしいようであった。
「出来たと言っても、一代|身上《しんしょう》ですからね、大したことはないんでしょう。」
上京したお今の頭には、そんな事件の前後に経験された動揺がまだ全く静まりきらずにいた。お増の古の仕立て直しのコートなどを着て、一旦送り返された荷物を、また持ち込んで来た時、浅井夫婦は、晩飯の餉台《ちゃぶだい》の側で、静子を揶揄《からか》いながら、賑やかな笑い声を立てていたが、気の引けるお今は長く居昵《いなじ》んだ、そこへ顔を出すさえきまりが悪そうであった。
「ほら姉さんが来ましたよ。あなたの好きな姉さんですよ。」
お増は自分の膝に凭《もた》れかかって、含羞《はにか》んだようにお今の顔ばかり眺めている、静子に言いかけたが、顔には何の表情もなかった。
「ふむふむ。」と、浅井は莨を喫《ふか》しながら、少しずつほぐれて来るお今の話に、気軽な応答《うけこたえ》をしていたが、じきに目蓋《まぶた》の重そうな顔をして、二階へ引き揚げて行った
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