金に目の晦《くら》んだ兄に引き摺《ず》られて、絶望の淵《ふち》へ沈められて行った、お柳に対する憐愍《れんびん》の情が、やがて胸に沁《し》み拡がって来た。
お柳の狂気《きちがい》になったことは、小林へあてての、お柳の兄からの手紙によって知れた。持って行った手切れの金などの、じきに亡くなってしまったことなどが、その手紙の文句から推測された。東京にいる時分に、もう大分兄の手で費消されたような様子も、小林の話でわかっていた。田舎へ帰ったときには、お柳のものといっては、もう何ほども残っていないらしかった。兄は不時に手にした大金に、急に大胆な山気が動いて、その金を懐にして相場に手を出したらしかった。
お柳がふとある晩、東京へ行くといって、騒ぎ出したのは、この冬の初めのことであった。子供などを多勢かかえた嫂《あによめ》から厄介《やっかい》ものあつかいにされるのを憤って、お柳はそれまでにも、二度も三度も、兄と大喧嘩を始めたのであった。
「今となっては、君よりも、君の細君よりも、自分の兄を呪《のろ》っているらしいのだ。」
浅井は小林からそんなことも聞かされたのであった。
三十九
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