でちがいますわ。男はさほどでもないけれど、女は年とるとまったく駄目ね。」
浅井はやっぱりふふと笑っていた。
浅井が床を離れて、朝飯をすまし、新調の洋服に身を固めて、家を出たときには、活動の勇気と愉快さが、また体中の健やかな脈管に波うっていた。込み合う電車のなかで、新聞を拡げている彼の頭脳《あたま》には、今朝立ったお今の印象さえ、もう忘られかけていたが、帰ってからの女の身のうえのどうなって行くかが、何となし興味を惹いた。
殺人や自殺などの、血腥《ちなまぐさ》い三面雑報の刺戟づよい活字に、視線の落ちて行った浅井の心に、田舎へ帰ってから、気が狂ったというお柳のことが、ふと浮んで来た。浅井は目を瞑《つぶ》って、別れたその女の悲惨な成行きを考えて見た。一緒にいるころ、心に絡《まつ》わりついていた女の厭《いと》わしい性癖や淫蕩《いんとう》な肉体、だらしのない生活、浪費、持病、ヒステレカルな嫉妬《しっと》――それらが、今も考え出されるたびに、劇《はげ》しい憎悪《ぞうお》の念に心を戦《おのの》かせるのであった。
「お今なども、年とったらやっぱりあんなになるかも知れない。」
浅井はそうも考えた。
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