しまってからの浅井は、この日ごろ張り詰めていた胸の悩ましさから、急に放たれたような安易な寂しさが、心に漲《みなぎ》って来た。静子をつれて、停車場まで見送って行ったお増が、二時間ばかり経ってから帰って来るまで、浅井はうとうとと寝所《ねどこ》のなかに、とりとめのない物思いに耽っていたが、展開せずに、幕のおりてしまったような舞台の光景がもの足りなくも思えた。やがて新しい幕が、自分の操《あやつ》り方一つでそこに拡がって来そうであった。
「ただいま。どうもいろいろ有難うございました。」
 お増は帰りに静子の手をひいてぶらぶら歩いたついでに銀座から買って来た、セルロイドの小さい人形や、動物などを、浅井の枕頭《まくらもと》へ幾個《いくつ》も幾個も転《ころ》がしながら、面白そうに笑った。
「ちょいと御覧なさいよ。」
「ふふ。」浅井も笑いながら、尻に錘《おもり》のついた動物どもを、手に取りあげて眺めていた。
「外に出てみると、年の少《わか》い女が目につきますね。」
 お増は枕頭《まくらもと》を起ちがけに思い出したように呟いた。
「どうしたって、女は十六、七から二十二、三までですね。色沢《いろつや》がまる
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