。髪は危篤に陥《おちい》る前に兄の命令で短く刈られてあつた。
「お祖父《ぢゝ》そつくりやぞな。」
「さうや。」
 三十年も四十年も前に、写真一つ残さずに死んだ、私の父の顔を覚えてゐると見えて、姪達がさゝやき合つた。私は又十年前に死んだ、同型の長兄の死顔を思ひだしてゐた。私は私の母とは又違つた母の何ものかを受継いでゐるらしい、長兄とこの姉との骨格を考へたのである。その母は私の母よりか多分美しい容貌《ようばう》の持主であつたに違ひない。父による遺伝に、この姉と長兄次兄と、私と私の同母姉妹とに、少しは共通なものがあるかも知れなかつた。
 葬儀社の男衆は前の方を剃《そ》りをはると、今度は首を引つくら返して、左の鬢《びん》をあたりはじめた。それから右と後ろ――かなり困難なその仕事は、なか/\手間取つた。鳥の綿毛をでも※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》るやうに、丹念に剃られた。綿の詰つた口、薬物の反応らしい下縁の薄紫色に斑点つけられた目、ちやうどそれは土の人形か、胡粉《ごふん》を塗つた木彫の仏像としか思はれない首が、持ちかへる度に、がくり――とぐらついた。私は抱かれたり、負《お
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