出て、そこから一町ほど先きにある、今死んだ姉の末の娘の片づいてゐる骨董屋《こつとうや》へ飛込んだ。骨董屋といつても、店先きには格子がはまつてゐた。清らかに片づいたその店には、何一つおいてなかつた。私は八十を幾年《いくつ》か越した筈の、お婆さんに断《ことわ》つて茶の間の前にある電話にかゝつた。そして甥《をひ》を呼出した。
「それあ多分生きた鮎がなかつたんでせう。あすこでは、死んだ鮎はつかひませんから。」
 私は甥に教はつて、近くにある別の料理屋で辛《から》うじて食慾だけは充たすことができたが、無論生きた鮎ではなかつた。

 翌日の午前、納棺式が始まる頃には、私は睡眠不足と、怠屈と、お経と、想像以上の暑さとにうだつてしまつてゐた。今一人の妹とか、幾人かの姪《めひ》や甥《をひ》、又|従姉妹《いとこ》たち――その他の人達とも話を交《まじ》へたりして、各人のその後の運命や生活内容にも、久しぶりで触れることができた。こんなことでもないと、一々訪ねることもできないやうな人達であつた。その中には、産れたばかりの赤ん坊に乳房を含ませてゐる姪の娘もあつたが、私より年上の姪もあつた。兎《と》に角《かく》彼等
前へ 次へ
全21ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング