言ふのを忘れたが魚田《ぎよでん》が食べたいんだ。」
 女中は引返していつたが、直ぐ再びやつて来て、鮎は大きいのが切れてゐて、魚田にならないと言ふのであつた。
「あゝ、さう。」私は困つた。魚田以外のものは食べたくなかつた。
「しかしそんなに大きくなくたつて……どのくらゐなの。」
「さあ……ちよつと聞いてまゐります。」
 すると女中は少し経《た》つてから、部屋の入口に来て、
「鮎はございませんさうですが……。」
「小さいのも。」
「は。」
「だから先刻《さつき》きいたんだ。それぢや仕様がないな。」
 料理が二品私の前におかれた。
 でつぷりした、人品の悪くないお神が部屋へ入つて来て、
「鮎があると申し上げたの。」
「さうなんだ。」女中に代つて、私が答へた。
「私は鮎を食べさしてもらふつもりで、上つたんだし、それ以外のものも、かういふものは食べられないんで。こつちで註文できないとすると……。」
 少し極《きま》りが悪い思ひを忍んで、私はお神と女中に送られて、そこを出た。あれだけの構へで、今時分鮎がないのも可笑《をか》しかつたが、女中の返辞がだん/\違つて来たのも不思議であつた。
 私は通りへ
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