しだたみ》を踏んで、燈籠《とうろう》と反対の側にある玄関先きへかゝつた。直ぐ瀟洒《せうしや》な露路庭を控へた部屋に案内された。良家の若い奥様といつた風の、おとなしやかな女が、お香の匂つた煙草盆や絞《しぼ》りなどを運んで来た。
「風呂はあるね。」
「ございます。お入《はひ》りになるのでしたら、今ちよつと見させますから。」
何か無風帯へでも入つて来たやうな暢《のん》びりした故郷の気分が私の性《しやう》に合はないのか、私は故郷へ来ると、いつでも神経が苛《いら》つくやうな感じだが、今もいくらかその気味だつた。十八九時分に、学窓にもぢつとしてゐられず、何か追立《おひた》てられるやうな気持で、いきなり故郷を飛出した頃の自分と同じであつた。
「鮎を食べに来たんだが、あるだらうね。」
「あります。」
私は庭石を伝つて、潜戸《くゞりど》をくゞつて、薄暗い地階のやうなところを通つて、風呂場へ行つた。総《すべ》てこの町の、かうした家では、何か薄暗い土倉《つちぐら》のやうな土間があつて、それが相当だゝつ広い領分を占めてゐるので、夏は涼しい。
上つてくると、女中がやつて来た。
「鮎は何にしませうか。」
「
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