M―氏の令嬢で、もう一人の美しい人が姪《めひ》で、今一人の娘さんが友達だことを知つた。
「私は兎に角正しい踊りを教へるつもりで、遣《や》つてゐますが、この町にも社交ダンスは拡《ひろ》まるだらうと思ひます。」
「床が板でないので、少し憂欝《いううつ》ですね。」
「さうしようかと思つたんですけれど……。」
「どんな人が踊りに来ますか。」
「いろ/\です。あすこにゐるのはお医者さまと、弁護士です。」
汗がひいたところで、私はまたざら/\するフラワへ踊り出したが、足の触感が不愉快なので、踊つたやうな気持にはなれなかつた。
私は椅子にかけて、煙草をふかした。
すると先刻《さつき》から踊りを見物してゐた、洋装の婦人が、いきなり席を離れて、つか/\私の方へ寄つて来た。
「あなたはT―先生でいらつしやいましたね。」
さう言葉をかけられたので、私は彼女が誰だかを思ひ出さうとして、その顔を見あげた。
「さうです、貴方《あなた》は誰方《どなた》でしたつけ。」
「私山岡ですの。つい先生のお近くの……。」
私はまだ思ひ出せなかつたが、巴黎院《パリーゐん》といふ、一頃通りで非常に盛《さか》つた理髪店のマ
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