直ぐ右側にカアテンが垂れてゐて、その傍に受付があり、左側の壁に規則書の掲示があつた。
ホールはM―氏のアトリエで、全部タタキで、十坪ばかりの広さをもつてゐた。
私は早速チケットを買つた。東京の教習所から見ると、誰とでも踊れるだけ自由がきいた。私はダンサアらしい三人ばかりの娘達と、四十がらみの洋装と、それより少し若い和装の淑女と長椅子にかけてゐる反対の側の椅子にかけて、二組出てゐる踊りを見てゐたが、ステップはみな正しいもので、踊り方も本格であつた。
黄金色をした大きな外国の軍人の塑像が、アトリエの隅の方に聳《そび》え立つてゐるのが目につくきりで、テイプやシェードの装飾はしてなかつた。
私は靴底のざら/\するタタキを気にしながら、二回ばかりトロットを踊つてみたが、その娘さんは略《ほゞ》二流どころのダンサアくらゐには附合つてくれた。
草履ばきで、踊りなれのした足取りで踊つてゐる、髪の長い中年の男が、マスタアのM―氏だと思はれたので、私は近づいて名刺を出した。
「しばらく御滞在ですか。」
「いや、明後日の夜行で帰るつもりです。こゝには誰も話相手がゐないので……。」
私は今踊つた人が
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