つて来た。
踊り場のある町までは、少し距離があつたけれど、乗りものを借りるほどのことはなかつた。
私は「ちよつと歩いて来ます。」といつて、例の冬ズボンにカシミヤの上衣を着て外へ出ると、通りつけの道を急いだ。どこも彼処《かしこ》も夢のやうに静かで、そして仄暗《ほのぐら》かつた。
その町はこの市の本通り筋の裏にあつた。そこで小説家のK―が育つた。私はどこにも踊り場らしいものの影を見ることが出来ずに、相当に長いその通りを、往つたり来たりした。私はその踊り場が、この市の唯一のダダイストである塑像家《そざうか》M―氏の経営(さう大袈裟《おほげさ》なものではないだらうが)に係るものだことを、昨日坊さんから聞いてゐたので、その点でもいくらか興味があつた。
到頭《たうとう》私はソシアル・ダンスと紅《あか》い文字で出てゐる、横に長い電燈を見つけることが出来た。往来に面した磨硝子《すりガラス》に踊つてゐる人影が仄《ほの》かに差して、ヂャヅの音が、町の静謐《せいひつ》を掻乱《かきみだ》してゐた。
意気な格子戸のある入口がその先きにあつた。格子戸は二色の色硝子で縞《しま》になつてゐた。入ると、土間の
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