に丘や林や流れや小径《こみち》や、そんな風景が展開した。
私が驚いたことは、自動車の一隊が火葬場の入口へ入つたとき、何か得体の知れない音楽が、遽《には》かに起つたことであつた。雅楽にしては陽気で、洋楽にしては怠屈なやうなものであつた。兎に角|笙《しやう》、※[#「感」の「心」に代えて「角」、第4水準2−88−47]篥《ひちりき》の音であることは確かであつた。私はその音楽の来る方へ行つてみた。それは柩車のなかでかけられた宮内省のサインのあるレコオドであつた。
三時間ほどすると、重油でやかれた姉はぼろ/\の骨となつて、窯《かま》から押出された。
その夕方、私は大阪から来てゐる嫂《あによめ》と一緒に、兄の家の広い客間で、晩餐《ばんさん》のもてなしを受けた。
私は幾度も入りつけてゐる風呂場で汗を流すと、湯上り姿で、二間の床を背にして食卓の前に寛《くつろ》いだ。兄の家の養嗣子《やうしし》もそこで盃《さかづき》をあげた。
この部屋も度々来て坐つたし、年々|苔《こけ》のついてくる庭の一木一石、飛石の蔭の草にも、懐《なつ》かしい記憶があつたが、最近養嗣子がこの土地の聯隊へ転任して来て、その
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