じた。私はその頃、周囲に女の子の遊び友達しかもつてゐなかつた。私はその書物のなかのその話を耳にいれたとき、私もまた何かさういふ罪を犯したことがあるやうな気がしてならなかつた。病身がちな私は、屡々《しば/\》真蒼《まつさを》になつて、母に抱きついた。兎角私は死の恐怖に怯《おび》えがちであつた。
「もうそのくらゐで可《よ》からう。」
 兄がふつと言つたので、私は気がついてみると、姉のこちこちした頭髪《かみ》は綺麗に丸坊主にされてしまつた。ぼんの窪《くぼ》のところが、少し黝《くろ》い陰をもつてゐるだけであつた。
 死骸を棺にをさめる時、部屋の雰囲気《ふんゐき》が又一層切実になつて来た。歔欷《すゝりなき》の声が起つた。
「なむあみだ、なむあみだ……。」
 そしてそれが済むと、人々はそこを離れて、次ぎの部屋へ入つたり、二階へ上つたり、お茶を呑んだり、煙草をふかしたりして、他《ほか》の話をしはじめた。
 柩《ひつぎ》が外へ運び出されて、これも金ぴかの柩車《きうしや》に移されたのは、少し片蔭ができた時刻であつた。私は兄と他の人達と、後ろの方の車に乗つた。
 やがて町ばなへ出た。そして暫くすると、そこ
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