は後から追いかけて来た。
「四ツ谷の従姉《ねえ》さんのとこまで行って来ますの。」と、お庄は振り顧りながら言った。
「何しに行くんだい。」芳太郎は釈《と》けかかった太い白縮緬《しろちりめん》の兵児帯《へこおび》をぐるぐる捲《ま》きつけながら、「お前今夜は帰りゃしないんだろう。己も一緒に行こう。」
「人に嗤《わら》われますよ。」と、お庄は後歯《あとば》の下駄を鳴らしながら、停車場へ入って行った。
お庄が切符を買うと、芳太郎も鰐口《がまぐち》から金を出して同じように四ツ谷行きを買った。
「一緒に行ったり何かして、後で叱《しか》られてもいいんですか。」お庄は念を押しながら埒《らち》の外へ出て行った。
お庄は内密《ないしょ》で、従姉《あね》にいろいろ話したいこともあった。この前にもちょっと従姉《あね》の耳へ入れておいた家の様子や自分の立場について、媒介人《なこうど》の利いた口と大した相違のあることを、今一度委しく話して見たかった。
「いいんだよ。」と、芳太郎は耳に挟んでいた両切りの莨に火を点《つ》けて吸いながら、お庄の傍を離れなかった。帽子も冠《かぶ》らない顔が蒼白く、目の色も澱《おど》んでいる。二人はこのごろ、ろくろく話をするような折もなかった。芳太郎は昼間も酒の気を絶やさず、夜はまたふらふらとそこらをほつき廻り、友達と一緒に宿場を騒《ぞめ》き歩いた。
お庄は時々お袋からいいつかって、心の荒びたような男の機嫌をも取らなければならなかった。
座敷の閑《ひま》な時は、お庄も寄りついて来る芳太郎と一緒にたまには打ち釈《と》けた話をすることもあった。隠し立てのない芳太郎の口から、お袋や親父の噂を聞き出すのも興味があったし、芳太郎の関係した女のことを知るのも面白かった。
「お前が出て行けア、己だって家にアいねえ。」と、芳太郎は駄々《だだ》ッ児《こ》のように言い出した。
そんなところを見つけると、お袋はすぐに厭な顔をした。
「ふざけていちゃいけないよ。」と、お袋は呶鳴《どな》りつけて、お庄に用事をいいつけた。
酒で頭脳《あたま》の爛《ただ》れたようになっている芳太郎は、汽車のなかでも、始終いらいらしていた。そして時々独り語《ごと》のような棄て鉢を言った。金を掻《か》っ浚《さら》って家を逃げ出してくれるとか、お袋を撲《なぐ》り殺して高飛びをするとか、そんなことをすらお庄の耳元で口走った。これまでにも、酔って正体がなくなると、芳太郎は、時々そうした口吻《くちぶり》を洩らした。
お庄は暗い窓の外を眺めながら、顔に笑っていた。
新宿まで来た時、お庄はとうとう一緒に降りることにした。そうでもしなければ、男を撒《ま》くことが出来ないと考えた。
停車場を出ると、二人は並んで暗い片側町を歩いていた。芳太郎は時々|気狂《きちがい》の発作のように、お庄の手を引っ張って、明りの差さない草ッ原に連れ出した。足場の悪い草叢《くさむら》にはところどころに水溜りが、ちらちらと空明りに黒く光った。お庄はけたたましい声を立てながら、芳太郎の手に掴まってそこを渉《わた》った。四方《あたり》はシンとしていた。
広い通りへ出ると、両側の妓楼《ぎろう》の二階や三階に薄暗い瓦斯燈《ガスとう》が点《とも》れて、人影がちらほら見えた。水浅黄色の暖簾《のれん》のかかった家の入口からは、周《まわ》りに色硝子の障子の嵌《はま》った中庭や、つるつるした古い光沢《つや》のある廊下段階子などが見透《みすか》された。芳太郎は時々そこらの門口に立ち停った。
「今夜中に、私きっと帰ってよ。」と、お庄がやっと芳太郎と手を分ったのは、それから大分経ってからであった。
お庄は大木戸から俥をやとって、荒木町の方へ急がせた。二度と帰って来るような気がしていなかった。
七十四
荒木町の家では、従姉《あね》が相変らず色沢《いろつや》の悪い顔をして、ランプの薄暗い茶の間に坐っていた。いつも気が浮き浮きしたということもない従姉《あね》の、髪一つ綺麗に結った姿をお庄は見たことがなかった。
「またどうかしたんですか。」と、お庄は気遣わしげに訊《き》いた。
「いいえ。相変らずぶらぶらしているもんですからね。」と、従姉《あね》はぽきぽきしたお庄の顔を眺めた。行った時から見ると、どこかお茶屋風になっているのも目についた。
浅山は、このごろしばらく帰朝している姉婿の家へ行っていて、留守であったが、台所にいた伯母は、手を拭きながらすぐに傍へ寄って来た。
「お前もそうしていいところへ片着いて、どんなに幸福《しあわせ》だか知れやしないわね。」と、お饒舌《しゃべり》の伯母は独りでお庄の身の上をうらやましがった。浅山の月給が細いのに、娘が始終寝たり起きたりしているので、長いあいだ胃が持病の自分が、六十|幾歳《い
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