ったが、土地の客も少くなかった。中野の方の電信隊へ勤める将校連も、時々来ては騒いだ。
四ツ谷に縁づいている父方の従姉《あね》の家へ出入りしている男が、その家をよく知っていたところから、大蔵省へ出ている従姉《あね》の良人と叔父との間にそんな話が纏まることになった。
それまでに、お庄は二度も三度も四ツ谷の従姉《あね》の家へ遊びにやらされた。従姉《あね》の家とは長いあいだ打ち絶えていた。互に居所も知らずにいたのが、この三月ごろ田舎から出て来た人の口から、ふとその消息を聴くことが出来た。古いころの早稲田を出たというその良人の浅山は、ある会社の外国支店長をしている自分の姉の添合《つれあ》いの家宅《やしき》の門内にある小さい家に住まっていた。家には、幼い時に二度逢ったきりで、顔も覚えていない従姉《あね》の母親も一緒にいた。
媒介人《なこうど》はそこでお庄を見てから、思いついて双方へ口を利くことになった。
先方の家の母親だという、四十四、五の女が、媒介人《なこうど》と一緒にお庄を見に来たとき、お庄は浅山の晩酌の世話をしていた。下《しも》の病気で始終悩まされていた従姉《あね》は、頭が痛むと言って奥で臥《ふ》せっていた。
むかし品川で芸者をしていたとかいうその母親は、体の小肥《ぶと》りに肥った、目容《めつき》に愛嬌《あいきょう》のある鼻の低い婆さんであった。半衿のかかった軟かい着物のうえに、小紋の羽織などを抜き衣紋《えもん》にして、浅山が差してくれる猪口を両手に受けなどして、お庄にもお愛想を言っていた。
お庄も酒の酌をしながら、この婆さんの気質を知ろうとして、時々顔色を見ていた。
「家は別にむずかしいことはございません。お爺さんはもうごく気のいい人ですし、私もこれっきりの人間なのですから、ただ子息《むすこ》のお守りをしてもらいさえすればそれでいいのです。」と、母親は帰りがけに、ずっと打ち釈《と》けたような調子で、猪口を浅山にさしながら言った。
少年のような顔をした浅山は、ぐずりぐずりした調子で、媒介人《なこうど》とこの婆さんとを相手に、ちびちびいつまでも後を引いていた。そして時々お庄の失笑《ふきだ》すような笑談口《じょうだんぐち》を利いた。お庄は奥の方へ逃げ込んで行った。
母親の話では、嫁がうまく落ち着いてくれて、銭遣いの荒い子息《むすこ》がそれで締ってくれさえすれば、自分ら夫婦は早晩商売を若夫婦に譲り渡して、この春建てた裏の離房《はなれ》へ別居してしまいたいということであった。自分が来て世話を焼くようになってから、メキメキ商売が繁昌《はんじょう》するようになったという自慢話も出ていた。
婆さんが媒介人《なこうど》と一緒に、いい機嫌で帰って行ってから、従姉《あね》は鬱陶《うっとう》しい顔をして、茶の室《ま》へ出て来た。浅山は手酌で、まだそこに飲んでいた。
「どうだお庄さん行って見るかね。己《おれ》のような安官員のところなぞへ行って、年中ぴいぴいしてるよりか、どのくらい気が利いているか知れないよ。」浅山は景気づいて言い出した。浅山がなにかにつけて、始終|実姉《あね》の家の厄介《やっかい》になっていることは、お庄も従姉《あね》の愚痴談《ぐちばなし》で知っていた。
「腰弁当こそ駄目よ。」と、従姉《あね》もそうけ立った頭髪《あたま》を押えながら呟いた。
「お庄の前祝いに、私も一つ頂きましょうかね。」と、酒ずきな伯母が傍から浅山に猪口を催促した。
お庄は伯母にも愛想よく酌をしてやったが、まだそこまで気が進んでいなかった。
六十九
婚礼の日にも、お庄は母親と一緒に、昼間から従姉《あね》の家に行っていて、そこから媒介人《なこうど》夫婦と浅山夫婦とが附いて行くことになった。
四ツ谷から汽車に乗ったのは、その日の夕暮れであった。線路沿いの濠端《ほりばた》には葉桜ばかりが残っていて、暗い客車の窓には若葉の影が流れた。お庄はもうそんな時節かと思って、初めてそこらを見廻した。先が急いでいたのに叔父の手もとが苦しく、持っている物も、その日の間に合わすことも出来なかった。じみな色合いの紋附の上に、衿の型の少し古くなったコートを着て、手に指環一つないのが心淋しかった。
お庄は二、三日前に受け取った磯野の手紙のことなどを想い出していた。その手紙には磯野から折れてこの間のことを詫びた文句などが書いてあった。磯野が後悔していることは、その手紙でも解ったが、そんなことは他の女に対しても、これまでないことではなかった。お庄は体が忙《せわ》しかったので、その返辞を書く隙《ひま》すらなかった。これぎり手紙のやり取りをする時がありそうにも思えなかった。
停車場へ着くと、提灯《ちょうちん》を持った男が十人余り出迎えていた。法被《はつぴ》を着た男や、縞
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