意書や規則書のような刷り物の原稿を書いたり、基金や会員募集の方法を講じたりした。基金はまだ刷り物に書き入れてある額に達していなかった。会社のする仕事は、無尽のような性質を帯びた手軽な一種の相互保険であった。
二、三人の募集員が、汚い折り鞄を抱えて、時々格子戸を出入《ではい》りした。昼になると、お庄はよく河岸《かし》の鰻屋《うなぎや》へ、丼を誂《あつら》えにやられた。
ここに寝泊りしている、若い事務員がただ独り、新しい帳簿のならんだデスクの前に坐って、退屈そうに、外を眺めたり、新聞を見たりしていた。そして時々想い出したように、会員名簿のようなものを繰ったり、照会《といあわせ》の端書に返辞を書いたり、会費の集まり高を算盤《そろばん》で弾《はじ》いたりしていた。
事務員が、日当りの悪い三畳の室《ま》に、薄い蒲団に包《くる》まって、まだ寝ているうちに、叔父は朝飯の箸も取らずに、蒼い顔をして出かけて行った。
長いあいだ少し積んで来た貯金を提《さ》げて仲間に加わって来た中学の教師が、二階で昨夜《ゆうべ》遅くまで、叔父と何やら争論めいた口を利き合っていたことが、お庄|母子《おやこ》も下で聞いていて気にかかった。後では一緒に碁など打って、平常《いつも》のような調子で別れたが、叔父の顔色はよくなかった。二人は事務員に帳簿を持ってこさして、長いあいだ細かしいことを話し合っていた。
「あの人は、もう手を退《ひ》きたいとでも言うだか。」
ランプの下で、白足袋《しろたび》を綴《つづ》くっていた母親は、手の届かぬ背《せなか》の痒《かゆ》いところを揺《ゆす》りながら訊いた。
叔父はお庄の退《ど》いた火鉢の前の蒲団に坐って、莨《たばこ》を喫《ふか》した。
「なあにそうでもない。あの男にとっては、大切な金だでやっぱり気を揉《も》むだ。」
「金を返せという話にでも来たろう。」
「それほど大した金でもない。」叔父は欠《あくび》をしながら言っていた。
お庄は剛愎《ごうふく》なような叔父の顔を、傍からまじまじ見ていた。この会社の崩れかかっていることは、あれほど毎日集まって来た人が、にわかに足踏みをしなくなったことだけでも解ると思った。頚筋《くびすじ》や肩のあたりが、叔母のいたころから比べると、著しい痩せが目立って、影が薄いように思えた。
叔父が出て行くと、やがて母子は差し向いに朝飯の膳に向った。
「昨夜《ゆうべ》の人に返す金の工面にでも行ったろうえ。」
二人は、また叔父の噂をしはじめた。叔父が遊んでいる女に費《つか》う金だけでも、このごろの収入では追っ着きそうなこともなかった。応募者が、予期した十分の一もなかったことが、女連にもだんだん呑《の》み込めて来た。
事務員が、寝飽きたような腫《は》れぼッたい顔をして、暗い三畳の開き戸を開けて出て来た。そして目眩《まぶ》しそうな目を擦《こす》った。綻《ほころ》びた袖口からは綿が喰《は》み出し、シャツの襟も垢《あか》や脂《あぶら》で黒く染まっていた。お庄はくすくす笑い出した。この男がここへ来てから、もう三月《みつき》にもなった。
「もう何時です。」事務員は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って時計を眺めた。
それから水口の方へ出て顔を洗うと、間もなく膳の側へ寄って来た。紫色に爛《ただ》れたような面皰《にきび》が汚らしかった。
飯がすむと、お庄は二階へあがって叔父の寝所《ねどこ》を片着けにかかった。冬の薄日が部屋中に行《ゆ》き遍《わた》っていた。お庄は蒲団や寝衣《ねまき》を持ち出して手擦《てす》りにかけながら、水に影の浸った灰問屋の庫《くら》が並んだ向う河岸《がし》をぼんやり眺めていた。
五十五
向う河岸は静かであった。倉庫で働いている男や、黙って荷積みをしている人夫の姿が、時々お庄の目に侘《わび》しく映った。碧黒《あおぐろ》くおどんだ水には白い建物の影が浸って、荷船が幾個《いくつ》か桟橋際《さんばしぎわ》に繋《つな》がれてあった。お庄はもう暮が近いと思った。
部屋を掃除してから、雑巾バケツに水を張っていると店頭《みせさき》で事務員と押し問答している、聞きなれぬ声が耳についた。会員から、会費の払い戻し請求を受けているのだということがすぐに解った。台所を働いている母親も、茶の室《ま》へ出て、気遣《きづか》わしそうに店の方へ耳を引き立てていた。勤め人とも商人ともつかぬようなその男は、社主に逢いたいと言って、物慣れぬ事務員を談じつけているらしかった。
「いやだいやだ、叔父さんは……。」と、お庄はこの前のことを思い出した。
「だって叔父さんが一人で引き被《かぶ》るわけのものでもあるまいがね。」と、母親も台所の隅に突っ立って溜息を吐《つ》いていた。
お庄は、この家をいつ引き払う
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