をこの男がしてくれた時、新吉は優しい顔を顰《しか》めた。
「どうも困るな、こんな取着《とりつ》き身上《しんしょう》で、そんな贅沢《ぜいたく》な真似《まね》なんかされちゃ……。何だか知んねえが、その引物《ひきもの》とかいう物を廃《よ》そうじゃねえか。」

     四

 小野は怒りもしない。愛嬌《あいきょう》のある丸顔に笑《え》みを漂《うか》べて、「そう吝《けち》なことを言いなさんな。一生に一度じゃないか。こんな物を倹約したからって、何ほども違うものじゃありゃしない。第一見すぼらしくていけないよ。」
「でも君、私《あっし》アまったくのところ酷工面《ひどくめん》して婚礼するんだからね。何も苦しい思いをして、虚栄《みえ》を張る必要もなかろうじゃねいか。ね、小野君|私《あっし》アそういう主義なんだぜ。君らのように懐手《ふところで》していい銭儲《ぜにもう》けの出来る人たア少し違うんだからね。」
「理窟《りくつ》は理窟さ。」と小野は笑顔《えがお》を放さず、
「他《ほか》の場合と異《ちが》うんだから、少しは世間体ていうことを考えなくちゃ……。いいじゃないか、後でミッチリ二人で稼《かせ》げば。」
 
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