お作は嫂に連れられて、表町へ帰って来た。ちょうどそれが朝の十時ごろで、三月と言っても、まだ余寒のきびしい、七、八日ごろのことであった。腕車《くるま》が町の入口へ入って来ると、お作は何とはなし気が詰るような思いであった。町の様子は出て行った時そのままで、寂れた床屋の前を通る時には、そこの肥った禿頭《はげあたま》の親方が、細い目を瞠《みは》って、自分の姿を物珍らしそうに眺めた。蕎麦屋《そばや》も荒物屋も、向うの塩煎餅屋《しおせんべいや》の店頭《みせさき》に孫を膝に載せて坐っている耳の遠い爺《じい》さんの姿も、何となくなつかしかった。
 腕車《くるま》を降りると、お作はちょいと嫂を振り顧《かえ》って躊躇《ちゅうちょ》した。
「姉さん……。」と顔を赧《あか》らめて、嫂から先へ入らせた。

     三十一

 店には増蔵が一人いるきりで、新吉の姿が見えなかった。奥へ通ると、水口《みずぐち》の方で、蓮葉《はすは》なような口を利いている女の声がする。相手は魚屋の若い衆らしい。干物《ひもの》のおいしいのを持って来て欲しいとか、この間の鮭《しゃけ》は不味《まず》かったとか、そういうようなことを言ってい
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