ら見て今年の景気のいいことや、得意場の殖えたことを考えて楽しい夢を結んだ。この上不足を言うところがないようにも思われた。
「少し手隙《てすき》になったら、一度お作を訪ねて、奴にも悦《よろこ》ばしてやろう。」などと考えた。

     十八

 ある朝新吉が、帳場で帳面を調べていると、店先へ淡色《うすいろ》の吾妻《あずま》コートを着た銀杏返《いちょうがえ》しの女が一人、腕車《くるま》でやって来た。それが小野の内儀さんのお国であった。
 お国は下町風の扮装《つくり》をしていた。物のよくないお召の小袖に、桔梗《ききょう》がかった色気の羽織を着て、意気な下駄をはいていた。女は小作りで、清《すず》しいながら目容《めつき》は少し変だが、色の白い、ふッくらとした愛嬌《あいきょう》のある顔である。
「御免下さい。」と蓮葉《はすは》のような、無邪気なような声で言って、スッと入って来た。そこに腰かけて、得意先の帳面を繰っていた小僧は、周章《あわ》てて片隅へ避《よ》けた。新吉は筆を耳に挟《はさ》んだまま、軽く挨拶した。
「新さん、マア大変なことが出来ちゃったんです。」女は菓子折の包みをそこに置くと、ショール
前へ 次へ
全97ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング