口を利き出した。
「婆さん、この間から話しておいたようなわけなんだから、私《あっし》のところはもういいよ。婆さんの都合で、暇を取るのはいつでもかまわねえから……。」
婆さんは味噌汁の椀《わん》を下に置くと、「ハイハイ。」と二度ばかり頷《うなず》いた。
「でも今日はまあ、何や彼や後片づけもございますし、あなたもおいでになった早々から水弄《みずいじ》りも何でしょうからね……。」とお作に笑顔を向けた。
「己《おれ》ンとこアそんなこと言ってる身分じゃねえ。今日からでも働いてもらわなけれアなんねえ。」と新吉は愛想もなく言った。
「ハアどうぞ!」とお作は低声《こごえ》で言った。
「オイ増蔵《ますぞう》、何をぼんやり見ているんだ。サッサと飯を食っちまいねえ。」と新吉はプイと起った。
九
午前のうち、新吉は二、三度外へ出てはせかせかと帰って来た。小僧と同じように塩や、木端《こっぱ》を得意先へ配って歩いた。岡持《おかもち》を肩へかけて、少しばかりの醤油《しょうゆ》や酒をも持ち廻った。店が空《あ》きそうになると、「ちょッしようがないな。」と舌打ちして奥を見込み、「オイ、店が空くから出てい
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