いる時でも、洗湯《せんとう》へ行っている間でも、小僧ばかりでは片時も安心が出来なかった。帳合いや、三度三度の飯も、自分の手と頭とを使わなければならなかった。新吉は、内儀《かみ》さんを貰《もら》うと貰わないとの経済上の得失などを、深く綿密に考えていた。一々|算盤珠《そろばんだま》を弾《はじ》いて、口が一つ殖《ふ》えればどう、二年|経《た》って子供が一人|産《うま》れればどうなるということまで、出来るだけ詳しく積って見た。一年の店の利益、貯金の額、利子なども最少額に見積って、間違いのないところを、ほぼ見極《みきわ》めをつけて、幾年目にどれだけの資本《もと》が出来るという勘定をすることぐらい、新吉にとって興味のある仕事はなかった。
 三月ばかり、内儀さんの問題で、頭脳《あたま》を悩ましていたが、やっぱり貰わずにはいられなかった。
 お作はそのころ本郷西片町《ほんごうにしかたまち》の、ある官吏の屋敷に奉公していた。
 産れは八王子のずっと手前の、ある小さい町で、叔父《おじ》が伝通院《でんずういん》前にかなりな鰹節屋《かつぶしや》を出していた。新吉は、ある日わざわざ汽車で乗り出して女の産《うま》
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