そうに飯を掻《か》ッ込んでいた。
新吉はちょっといい縹致《きりょう》である。面長《おもなが》の色白で、鼻筋の通った、口元の優しい男である。ビジネスカットとかいうのに刈り込んで、襟《えり》の深い毛糸のシャツを着て、前垂《まえだれ》がけで立ち働いている姿にすら、どことなく品があった。雪の深い水の清い山国育ちということが、皮膚の色沢《いろつや》の優《すぐ》れて美しいのでも解る。
お作を周旋したのは、同じ酒屋仲間の和泉屋《いずみや》という男であった。
「内儀《かみ》さんを一人世話しましょう。いいのがありますぜ。」と和泉屋は、新吉の店がどうか成り立ちそうだという目論見《もくろみ》のついた時分に口を切った。
新吉はすぐには話に乗らなかった。
「まだ海のものとも山のものとも知れねいんだからね。これなら大丈夫屋台骨が張って行けるという見越しがつかんことにゃ、私《あっし》ア不安心で、とても嚊《かかあ》など持つ気になれやしない。嚊アを持ちゃ、子供が生れるものと覚悟せんけアなんねえしね。」とその淋《さび》しい顔に、不安らしい笑《え》みを浮べた。
けれども新吉は、その必要は感じていた。注文取りに歩いて
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