影《ひかげ》に背《そむ》いて、うつむいたままぽつねんと坐っていた。
「サアお作さん、あすこへ出てお酌しなけアいけない。」
 お作は顔を赧《あか》らめ、締りのない口元に皺《しわ》を寄せて笑った。

     八

 小野が少し食べ酔って管を捲《ま》いたくらいで、九時過ぎに一同無事に引き揚げた。叔母と兄貴とは、紛擾《ごたごた》のなかで、長たらしく挨拶していたが、出る時兄貴の足はふらついていた。新吉側の友人は、ひとしきり飲み直してから暇《いとま》を告げた。
「アア、人の婚礼でああ騒ぐ奴《やつ》の気が知れねえ。」というように、新吉は酔《え》いの退《ひ》いた蒼い顔をしてグッタリと床に就いた。
 明朝《あした》目を覚ますと、お作はもう起きていた。枕頭《まくらもと》には綺麗に火入れの灰を均《なら》した莨盆と、折り目の崩《くず》れぬ新聞が置いてあった。暁からやや雨が降ったと見えて、軽い雨滴《あまだれ》の音が、眠りを貪《むさぼ》った頭に心持よく聞えた。豆屋の鈴の音も湿り気を含んでいた。
 何だか今朝から不時な荷物を背負わされたような心持もするが、店を持った時も同じ不安のあったことを思うと、ただ先が少し暗
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