れ、陽気な笑い声や、話し声が一時に入り乱れて、猪口《ちょく》が盛んにそちこちへ飛んだ。
「サア、お役は済んだ。これから飲むんだ。」和泉屋が言い出した。
 新吉も席を離れて、「私《あっし》のとこもまだ真《ほん》の取着《とっつ》き身上《しんしょう》で、御馳走と言っちゃ何もありませんが、酒だけアたくさんありますから、どうかマア御ゆっくり。」
「イヤなかなか御丁重な御馳走で……。」と兄貴は大きい掌《てのひら》に猪口を載せて、莫迦叮寧なお辞儀をして、新吉に差した。「私《わたし》は田舎者で、何にも知らねえもんでござえますが、何分どうぞよろしく。」
「イヤ私《あっし》こそ。」と新吉は押し戴《いただ》いて、「何《なん》しろまだ世帯を持ったばかりでして……それに私アこっちには親戚《みより》と言っては一人もねえもんですから、これでなかなか心細いです。マア一つ皆さんのお心添えで、一人前の商人になるまでは、真黒になって稼ぐつもりです。」
「とんでもないこって……。」と兄貴は返盃《へんぱい》を両手に受け取って、「こちとらと違えまして、伎倆《はたらき》がおありなさるから……。」
「オイ新さん、そう銭儲《ぜにもう》
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