のお作が、ひょッこりと降りると、その後から、叔父の連合いだという四十ばかりの女が、黒い吾妻《あずま》コートを着て、「ハイ、御苦労さま。」と軽い東京弁で、若い衆《しゅ》に声かけながら降りた。兄貴は黒い鍔広《つばびろ》の中折帽を冠《かぶ》って、殿《しんがり》をしていた。
 和泉屋は小野と二人で、一同を席へ就かせた。
 気爽《きさく》らしい叔母はちょッと垢脱《あかぬ》けのした女であった。眉《まゆ》の薄い目尻《めじり》の下った、ボチャボチャした色白の顔で、愛嬌のある口元から金歯の光が洩《も》れていた。
「ハイ、これは初めまして……私《わたくし》はこれの叔父の家内でございまして、実はこれのお袋があいにく二、三日加減が悪いとか申しまして、それで今日は私が出ましたようなわけで、どうかまあ何分よろしく……。このたびはまた不束《ふつつか》な者を差し上げまして……。」とだらだらと叔母が口誼《こうぎ》を述べると、続いて兄もキュウクツ張った調子で挨拶を済ました。
 後はしばらく森《しん》として、蒼《あお》い莨《たばこ》の煙が、人々の目の前を漂うた。正面の右に坐った新吉は、テラテラした頭に血の気の美しい顔、目の
前へ 次へ
全97ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング