は入口だけ残して、後は閉めきってある。小僧は火の気のない帳場格子の傍《わき》に坐って、懐手をしながら、コクリコクリ居睡《いねむ》りをしていた。時計がちょうど七時を打った。
 小野と新吉とが、間もなく羽織袴を着けて坐り直した時分に、静かな宵《よい》の町をゴロゴロと腕車《くるま》の響きが、遠くから聞え出した。
「ソラ来た!」
 小野は新吉と顔を見合って起《た》ち上った。他の両人《ふたり》も新吉も何ということなし起ち上った。
 新開の暗い街を、鈍《のろ》く曳《ひ》いて来る腕車《くるま》の音は、何となく物々しかった。
 四人は店口に肩をならべ合って、暗い外を見透《みすか》していた。向うの塩煎餅屋《しおせんべいや》の軒明りが、暗い広い街の片側に淋しい光を投げていた。

     六

 新吉が胸をワクワクさせている間に、五台の腕車が、店先で梶棒《かじぼう》を卸《おろ》した。真先に飛び降りたのは、足の先ばかり白い和泉屋であった。続いて降りたのが、丸髷頭《まるまげあたま》の短い首を据えて、何やら淡色《うすいろ》の紋附を着た和泉屋の内儀《かみ》さんであった。三番目に見栄《みば》えのしない小躯《こがら》
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