…。」といいわけしていた。
「なあに、僕だって、何を知ってるもんか、でたらめさ。」と笑った。
「今夜はマア疲れ直しに大いに飲んでくれ給え。君が第一のお客様なんだからね。」
新吉はこの晴れ晴れしい席に、親戚《みより》の者と言っては、ただの一人もないのを、何だか頼りなくも思った。どうかこうかここまで漕《こ》ぎつけて来た、長い年月《としつき》の苦労を思うと、迂廻《うねり》くねった小径《こみち》をいろいろに歩いて、広い大道へ出て来たようで、昨日《きのう》までのことが、夢のように思われた。これからが責任が重いんだという感激もあった。明るい、神々しいような燈火《ともしび》が、風もないのに眼先に揺《ゆら》いで、新吉の眼には涙が浮んで来た。花のような自分の新妻《にいづま》が、不思議の縁の糸に引かれて、天上からでも降りて来るような感じもあった。
「しかしもう来そうなものだね。」と小野は膝《ひざ》のうえで見ていた新聞紙から目を離して、「ひどく思わせぶりだな。」と生あくびをした。
「そうですね。」
「けど、まだ暮れたばかりですもの。」と他《ほか》の二人も目を見合わせて、伸び上って、店口を覗《のぞ》いた。店
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