れ、火鉢や座蒲団もきちんとならべられた。小さい島台や、銚子《ちょうし》、盃《さかずき》なども、いつの間にか、浅い床に据えられた。台所から、料理が持ち込まれると、耳の遠い婆さんが、やがて一々|叮寧《ていねい》に拭いた膳《ぜん》の上に並べて、それから見事な蝦《えび》や蛤《はまぐり》を盛った、竹の色の青々した引物の籠《かご》をも、ズラリと茶の室《ま》へならべた。小野は新聞紙を引き裂いては、埃《ほこり》の被《かぶ》らぬように、御馳走《ごちそう》の上に被せて行《ある》いていた。新吉は気がそわそわして来た。切立ての銘撰《めいせん》の小袖を着込んで、目眩《まぶ》しいような目容《めつき》で、あっちへ行って立ったり、こっちへ来て坐ったりしていた。
「サア、これでこっちの用意はすっかり出来|揚《あが》った。何時《なんどき》おいでなすってもさしつかえないんだ。マア一服しよう。」と蜻蛉《とんぼ》の眼顆《めだま》のように頭を光らせながら、小野は座敷の真中に坐った。
「イヤ御苦労御苦労。」と新吉もほかの二人と一緒に傍《そば》に坐って、頭を掻きながら、「私《あっし》アどうも、こんなことにゃ一向慣れねえもんだからね…
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