が、質素《じみ》な新吉の性に適《あ》わなかった。人の知らないところで働いて、人に見つからないところで金を溜めたいという風であった。どれだけ金を儲けて、どれだけ貯金がしてあるということを、人に気取られるのが、すでにいい心持ではなかった。独立心というような、個人主義というような、妙な偏《かたよ》った一種の考えが、丁稚《でっち》奉公をしてからこのかた彼の頭脳《あたま》に強く染《し》み込んでいた。小野の干渉は、彼にとっては、あまり心持よくなかった。と言って、この男がなくては、この場合、彼はほとんど手が出なかった。グズグズ言いながら、きっぱり反抗することも出来なかった。
 三時過ぎになると、彼は床屋に行って、それから湯に入った。帰って来ると、家はもう明りが点《つ》いていた。
 新吉は、「アア。」と言って、長火鉢の前に坐った。小野は自分の花嫁でも来るような晴れ晴れしい顔をして、「どうだ新さん待ち遠しいだろう。茶でも淹《い》れようか。」
「莫迦《ばか》言いたまえ。」新吉は淋しい笑い方をした。

     五

 するうち綺麗《きれい》に磨《みが》き立てられた台ランプが二台、狭苦しい座敷に点《とも》さ
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