は呶鳴《どな》る。小菊は誰某《たれそれ》と一座で、客は呑み助で夜明かしで呑もうというのを、やっと脱けて来たと、少し怪しい呂律《ろれつ》で弁解するのだったが、それはそんなこともあり、そうでない時もあった。
 松島は出て行く時の、帯の模様の寸法にまで気をつけるのだったが、帰る時それがずれているか否かはちょっと見分けもつきかねるのだった。

      十

 何とか言っているうちに、春を迎えたかと思う間もなく盆がやって来、月が替わるごとの移りかえが十二回重なればもう暮で、四五年の月日がたつうちに、この松廼家《まつのや》も目にみえて伸び出して来た。昨日まで凍《かじか》んだ恰好《かっこう》で着替えをもって歩いていた近所のチビが、いつの間にか一人前の姐《ねえ》さんになりすまし、あんなのがと思うようなしっちゃか面子《めんこ》が、灰汁《あく》がぬけると見違えるような意気な芸者になったりするかと思うと、十八にもなって、振袖《ふりそで》に鈴のついた木履《ぽっくり》をちゃらちゃらいわせ、陰でなあにと恍《とぼ》けて見せる薹《とう》の立った半玉もあるのだった。
 とんとん拍子の松の家でも、その間に二十人もの芸
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