けで、湯島の家で見た時の、世帯《しょたい》に燻《くすぶ》った彼女とはまるで別の女に見え、常子も見惚《みと》れていた。
「いらっしゃい。」
小菊はいやな顔もしず、着つけがすむとそこに坐って挨拶《あいさつ》した。
「今日はおめでとう。それにお天気もよくて。」
「今度はまたいろいろ御心配かけまして。」
小菊は懐鏡《ふところかがみ》を取り出して、指先で口紅を直しながら、
「でもいいあんばいに、こんな所が見つかりましたからね。」
「じゃ姐《ねえ》さん出かけましょう。」
箱丁が言うので、小菊も、
「どうぞごゆっくり。」
と言って、褄《つま》を取って下へおりた。
「いやどうも馴《な》れないことでてんてこまいしてしまった。しかしこれでまあ今夜から商売ができるわけだ。何しろフールスピイドで、家号披露目と自前びろめと一緒にやったもんだから。」
二階へ行こうというので、常子もお篠《しの》お婆《ばあ》さんと一緒に上がって行った。彼岸桜がようやく咲きかけた時分で、陽気はまだ寒く、前の狭い通りの石畳に、後歯の軋《きし》む音がして、もうお座敷へ出て行く芸者もあった。
菓子を撮《つま》んでお茶を呑《の》み
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