見つからず、小菊の主人と一直《いちなお》で朋輩《ほうばい》であった人が、この土地で一流の看板で盛っていて、売りものがあるから、おやりなさいといってくれるので、松島と小菊はそこへ渡りをつけ、その手引で店を開けることにした。
家号|披露目《びろめ》をしてから、一日おいて自前びろめをしたのだったが、その日は二日ともマダムの常子も様子を見に来て、自分は自分で角樽《つのだる》などを祝った。湯島時代に彼女は店の用事にかこつけ、二日ばかり帰らぬ松島を迎えに行き、小菊に逢《あ》ったこともあったが、逢ってみると挨拶《あいさつ》が嫻《しと》やかなので、印象は悪くなかった。それに本人に逢ってみると、自分の気持もいくらか紛らされるような気がして、それから少したってから、三人で上野辺を散歩して、鳥鍋《とりなべ》で飯を食い、それとなし小菊の述懐を聞いたこともあった。今度も相談相手は自分であり、後見のつもりで来てみたのだった。と看《み》ると玄関の二畳にお配りものもまだいくらか残っていて、持ちにきまった箱丁《はこや》らしい男が、小菊の帯をしめていた。彼女は鬢《びん》を少し引っ詰め加減の島田に結い、小浜の黒の出の着つ
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