が、ある名門出の社会学者に片着いていたが、一人の女の子を残して急病で夭死《わかじに》し、彼女の身辺に何か寂しい影が差し、生きる気持が崩折《くずお》れがちであった。そんな折に亡夫の親類の松島が何かと相談に乗ってくれ、お茶を呑《の》みに寄っては、話相手になってくれた。松島も別に計画的にやった仕事ではなかったが、年上の彼女に附け込まれる弱点はあった。
 育ちのいい彼女は、松島には姉のような寛容さを示し、いつとはなし甘く見られるようになり、愛情も一つの取引となってしまった。
 今度も彼女は陶酔したように、うかうかと乗って、松島の最後の要求だと思えば、出してやらないわけに行かなかった。
 つまり小菊に芸者屋を出さす相談であったが、彼女も最初に首をひねり、盗人《ぬすびと》に追い銭の感じがして、ぴったり来ない感じだったが、しかしその割り切れないところは何かの惑《まど》かしがあり、好いことがそこから生まれて来るように思えた。
「……そうすれば、今までのものも全部二倍にして返すよ。」
 松島は言うのであった。彼女にも慾のあることは解《わか》っていた。

      九

 浅草ではちょうど芸者屋の出物も
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