」
「第一あんな人がついていたんじゃ、いくら儲《もう》かったって追い着きませんよ。どうせ腐れ縁だから、綺麗《きれい》さっぱり別れろとは言いませんけれど、何とかあの人も落ち着き、貴方もそうせっせと通わないで月に二度とか三度とか、少し加減したらどうですかね。」
「むむ、おれも少し計画していることもあるんだがね。何をするにも先立つものは金さ。」
今までにマダムの懐《ふところ》から出た金も、少ない額ではなかった。今度はきっと清算するから、手切れがいるとか、今度は官庁の仕事を請け負い、大儲けをするから、利子は少し高くてもいいとか、松島の口車に載せられ、男への愛着の絆《きずな》に引かされ、預金を引き出し引き出ししたのだった。
彼女は松島と同じ家中の士族の家に産まれ、松島の従兄《いとこ》に嫁《とつ》いだとき、容色もよくなかったところから、相当の分け前を父からもらい、良人《おっと》が死んでから、株券や家作や何かのその遺産と合流し、一人娘と春日町《かすがちょう》あたりに、花を生けたり、お茶を立てたり、俳句をひねったりして、長閑《のどか》に暮らしていた。母に似ぬ娘は美形で、近所では春日小町と呼んでいた
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