えがちになったので、今度は方嚮《ほうこう》をかえ公園へ出た。小菊にすると、多勢の家族を控えて、松島一人に寄りかかっているのも心苦しかったが、世帯《しょたい》の苦労までして二号で燻《くすぶ》っているのもつまらなかった。
公園は客が種々雑多であった。会社員、商人、株屋、土木請負師、興行師に芸人、土地の親分と、小菊たちにはちょっと扱い馴《な》れない人種も多かった。それにあまり足しげく行かないはずであった松島も、ここは一層気の揉めることが多く、小菊は滅茶々々《めちゃめちゃ》に頭髪《あたま》をこわされたり、簪《かんざし》や櫛《くし》を折られたりしがちであった。
八
小菊が開けてまだ十年にもならないこの土地へ割り込んで来て、芸者屋の株をもち、一軒の自前となり、辿《たど》りつくべき処《ところ》へ辿りついて、やっとほっとした時分には、彼女もすでに二十一、二の中年増《ちゅうどしま》であり、その時代のことで十か十一でお酌《しゃく》に出た時のことを考えると、遠い昔しの夢であった。
松島という紐《ひも》ともいえぬ紐がついていて、彼女の浅草での商売は辛《つら》かったが、松島も気が気でなかっ
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