小菊の家へ電話をかけさせてみた。そしてその返事で、小菊が客につれられて、三四人の芸者と熱海《あたみ》へ遠出に行っていて、昨日行ったのだから今夜は遅くも帰るのではないかというのであった。
松島が座敷へ還《かえ》って来ると、一人の妓《こ》が何の気もなしに、
「小菊さんですか。小菊さんなら昨日新橋で一人でぼんやりしていたと言うわ。」
「一人で……。」
「そうらしいのよ。」
いやなことが耳に入ったと、松島は思ったが、どうにもならず、約束の昨日というのと一人というのが面白くなく、その晩は家へ帰って寝た。
間一日おいて、松島は小菊に逢い、連れが多勢で、決してお楽しみなどの筋ではなく、客も突然の思いつきで、誰某《だれそれ》さんに強《し》いられて往《い》きは往ったが、日帰りのつもりがつい二タ晩になったりして、一人先へ帰るわけにいかず、何も商売だと思って附き合っていたと、小菊もお茶を濁そうとしたが、松島はそれでは納まらず、何かとこだわりをつけたがるのであった。
「じゃあ今度話してあげるわ。」
小菊はその場を逃げた。
間もなく松島は、房州時代からの馴染《なじみ》の客が一人あることを知った。それは
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